清水基吉のこと

 購入本
  《O・S》
   井伏鱒二      【早稲田の森】新潮社
   清水基吉      【虚空の歌】永田書房
   清水基吉      【雁立】永田書房
   岡田誠三      【自分人間】中央公論社
   中村明       【日本語の文体】岩波書店



  《Og》
   伊丹十三      【日本世間噺大系】新潮文庫
   常盤新平      【彼女の夕暮れの街】講談社文庫
   犬養道子      【ある歴史の娘】中公文庫
   つかこうへい    【青春父さんの恋物語】角川文庫
   つかこうへい    【青春かけおち篇】角川文庫
   阿川佐和子     【あんな作家こんな作家どんな作家】講談社文庫
   松山厳       【くるーりくるくる】幻戯書房
   大島真寿美     【ふじこさん】講談社



 知らない名前の人の本を買ったとき、その人の略歴を調べるのも古本を買う楽しみの一つである。今日は、清水基吉の本を買ったので帰って調べてみる。すると、次のことが分かってきた。
 清水基吉は、【雁立】で第20回の芥川賞で受賞している。昭和19年10月のことである。そのときの審査員、佐藤春夫岸田国士火野葦平河上徹太郎横光利一、滝井孝作、川端康成とそうそうたるメンバーである。清水基吉【雁立】永田書房は、昭和51年の発行である。清水基吉【雁立】鎌倉書房、昭和21年なら高価な値段が付くようだ。


【雁立】の冒頭
 廬山のふもとをめぐる戦いは初秋から晩秋にかけて終った。僕は馬の上で芋をかじって激しい急追をつづけた。湖をわたって山険に拠り、山を下って秋色のこめた野を横ぎる時も、耳には砲声がひびき死屍の臭いが鼻についた。しかし僕の目には弾煙とまごう中空の白雲をはっきりと見ることが出来た。廬山の風景は秋風のように頬を過ぎてしまった。僕はその頃僅かに、雁立つやわれやいづくに年を取る、の一句を作ったが、それよりも目の前の敵陣地に気を取られていることが多かった。軍は永修を去る数里のところで暫らく休戦の状況に這入った。僕は暇を得ると馬を馳せたが、頭から日覆を垂れたままで、よく馬上で居眠りをした。気が付くと小松の生茂った丘陵で馬は草を食って止まっていたりした。
 江西の地には春が来ていたが、或日、霖雨が降り出すと何時までも止まなかった。湖も山も終日あいたいとして煙り平地は泥まみれとなった。その時、さらに激しい戦機が熟していたのである。僕は新春、まさに修水の渡河作戦が始まろうとするときに、家郷の便りでつゆの結婚を知った。僕はその手紙を衣嚢に収めるとまもなく敵前渡河の先陣を承った。南昌、武寧を一帯とする武漢の作戦は、この時弦をはなれた矢が最後のとどめをさす勢であった。軍は作戦を開始してから儘かに十日ほどで江西の敵陣を席巻した。

 

佐藤春夫の選評(抜粋)
 清水基吉君の「雁立」は素直に美しい作品ではありませんか。格別な言挙のないのも好もしいと思います。近ごろではこういう作品がなかなかに珍重に感じられて来ましたからね。若々しいが浮薄ではなく品の悪くないのも有難いのです。(中略)素直なこの恋愛が主人公の出征によって中絶され、戦地で郷信によって意中の人の結婚を知るというのもしおりやあわれがあってよいと思います。