本買うて 線引きありて 秋を知る

 購入本
  《N・G》
   江口渙      【少年時代】光和堂


  《N・O》
   河上徹太郎    【有愁日記】新潮社
   大岡昇平     【生と歌 中原中也その後】角川書店
   斎藤茂太     【茂吉の周辺】毎日新聞社
   江國滋      【絵のない似顔絵】旺文社文庫
   小林信彦     【人生は五十一から】文春文庫


  《O・S》
   野坂昭如     【執念夫婦添い節】講談社
   野坂昭如     【浮世一代女】新潮社
   デヴィッド・ダンカン 間野秀雄訳【人工衛星物語】元々社
   長谷川如是閑   【失われた日本】慶友社
   庄野潤三     【引潮】新潮社
   庄野潤三     【屋上】講談社
   土居健郎     【漱石の心的世界】至文堂
   村上元三     【大久保彦左衛門】中央公論社



 古本を買ってきて、中身をじっくり見ると、線引きや名前の書き込みなどがあるとがっくりときてしまう。近頃は慣れてきて、よく見てるつもりであるが。今日もやってしまった、2冊もがっかりだ。
 野原一夫【回想 太宰治】を読む。編集者として太宰治と長年付き合ってきた野原さんが書いている本で太宰治の人となりが見えてくる。太宰治の没後五〇年を記念して新装版で復刊されたものだ。何冊も太宰治の本を読んでいる訳でもないが、今年に入って短編集を何篇か読んでいる。この本は、太宰治という人がどんな人だったのかが、ぼんやりした影みたいなものが浮かびあがってくる、輪郭が分かる本だった。三島由紀夫が会った日に立ち会ったこと、太宰の死に立ち会ったことなど興味深い話ばかりである。

  野原一夫さんが小説を持って太宰を訪ねて行き、小説を書くということを太宰がこう説いているのだ。

 「小説を書くというのは、日本橋のまんなかで、素っ裸で仰向きに寝るようなものなんだ。」
 だしぬけに、ごくさりげない口調で太宰さんはそう言った。私は緊張した。太宰さんはすこし笑って、
 「自分をいい子に見せようなんて気持は、捨てなくちゃ。」
 ああ、と私は、胸のなかでうなずいた。この一言は、こたえた。
 太宰さんは、しばらく黙っていたが、
 「文章を書くというのは、固い岩に鑿をふるようなものでね、力仕事なんだ。岩は固いほどいい。脆い岩だと、ぼろぼろに崩れてしまう。固い岩に向かって、」
 左手を前に突き出し、その手のひらに、右手で鑿をふるうような仕草をして、
 「鑿をふるう。彫りきざむ。すこしずつ、すこしずつ、形が見えてくる。格闘だ。きみの岩は、すこし脆すぎたようだ。」
 その、鑿をふるう仕草をしている太宰さんの目は、いきいきとしていた。

 (本文より)